Vol.001事業転換

delyとSlackに学ぶ「ピボット」という選択

2026年5月1日
5 min read

「撤退」という言葉に、どこか後ろめたさを感じてしまう方は少なくないのではないでしょうか。「諦めた」「負けた」というイメージがつきまとい、特に日本では「石の上にも三年」という価値観が根強いこともあって、事業を手放すことへの抵抗感は強いものがあります。 しかし、ビジネスの世界を見渡してみると、むしろ「撤退」や「ピボット(事業転換)」こそが、次の成功への扉を開く鍵になっていることが少なくありません。今回は、最近の事例を紐解きながら、事業転換や撤退について一緒に考えてみたいと思います。

はじめに

「撤退」という言葉に、どこか後ろめたさを感じてしまう方は少なくないのではないでしょうか。「諦めた」「負けた」というイメージがつきまとい、特に日本では「石の上にも三年」という価値観が根強いこともあって、事業を手放すことへの抵抗感は強いものがあります。

しかし、ビジネスの世界を見渡してみると、むしろ「撤退」や「ピボット(事業転換)」こそが、次の成功への扉を開く鍵になっていることが少なくありません。今回は、最近の事例を紐解きながら、事業転換や撤退について一緒に考えてみたいと思います。

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最近の事業転換・撤退の動き

### 国内スタートアップの象徴的なピボット事例

まず注目したいのは、レシピ動画サービス「クラシル」を運営するdely株式会社の事例です。

delyは2014年に創業し、当初は「オンデマンドフードデリバリー」サービスを展開していました。しかし、大手企業の参入表明をきっかけに、創業からわずか1年足らずで事業の方向転換を決断。レシピ動画プラットフォームへとピボットしました。

この決断は決して楽なものではありませんでした。ピボット後、共同創業者以外のスタッフは全員退職し、会社の口座残高は約20万円にまで減少したといいます。まさに崖っぷちの状況でした。

しかし、その後クラシルは急成長を遂げ、2017年にはアプリストアでランキング1位を獲得。現在では3期連続で10億円超の黒字を計上する高収益企業へと成長しています。

### 世界的に有名なSlackのピボット

もう一つ、グローバルで語り継がれる事例がSlackです。

現在、世界中のビジネスパーソンが日常的に使用しているSlackですが、元々は「Glitch」というオンラインゲームの開発会社でした。2009年に創業し、著名VCから資金調達も行いましたが、ゲームはヒットせず、2012年にサービス終了を決断しました。

しかし、チームには一つの「宝物」がありました。それは、ゲーム開発を円滑に進めるために自社で作った社内コミュニケーションツールでした。「このツールがなければ、もうこれほど生産的に働けない」——そう感じたチームは、わずか1週間でこのツールを商品化することを決め、Slackとしてリリース。2019年に上場し、2021年にはSalesforceに277億ドル(約4兆円)で買収されました。

### 大企業の事業見直しの動き

2025年から2026年にかけて、日本の大企業でも事業の見直しが加速しています。特に顕著なのは、地政学リスクや現地経済の減速を背景とした中国事業からの撤退・縮小です。2019年末から2024年末にかけて、中国における日本企業の現地法人数は78社減少しました。

また、EV(電気自動車)へのシフトに伴い、自動車メーカーによる地方工場の閉鎖・縮小も進んでいます。従来のエンジン車向け工場から、EV生産に適した新工場への統合という、大きな産業構造の転換が起きているのです。

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なぜ撤退・転換に至ったのか

### 市場環境の急激な変化

delyの場合、大手企業のフードデリバリー参入表明が転換点となりました。しかし、創業者の堀江裕介氏は「大手参入だけが理由ではなかった」と語っています。より本質的には、「自分たちが描くビジョンの実現が難しい」と感じたことが決め手でした。

Slackも同様に、ゲーム市場での競争の厳しさに直面しました。どれだけ良いプロダクトを作っても、ユーザーの心をつかめなければ事業は成り立ちません。

### 「沈没コスト」への執着を手放す勇気

事業を継続するか撤退するかの判断で、多くの経営者を苦しめるのが「沈没コスト(サンクコスト)」の問題です。「ここまで投資したのだから」「これまでの努力が無駄になる」という思いが、冷静な判断を曇らせてしまうことがあります。

しかし、delyもSlackも、過去への執着よりも「未来にどんな可能性があるか」を重視しました。この視点の切り替えこそが、ピボット成功の鍵だったと言えるでしょう。

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どうすればよかったのか

### 早期に気づけるシグナルはあったか

振り返ってみると、いくつかのシグナルは存在していました。

- 市場の競争激化:大手参入の噂や、類似サービスの乱立 - ユニットエコノミクスの悪化:顧客獲得コストの上昇、LTV(顧客生涯価値)の伸び悩み - チームのモチベーション低下:「このまま続けて意味があるのか」という疑問の声

こうしたシグナルを「撤退の前兆」ではなく「方向転換の機会」として捉えられるかどうかが、その後の明暗を分けます。

### 撤退基準を事前に決めておく重要性

多くの先進企業では、新規事業の立ち上げ時点で撤退基準を明確に定めています。「1年以内に収益化の見通しが立たなければ撤退」「3年で黒字化できなければ見直し」といった具合です。

感情に流されず、客観的な数値に基づいて判断できる仕組みを作っておくことで、「辞め時」を逃さずに済むのです。

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今後への教訓

### 「撤退」を恥ではなく戦略的判断として捉える

delyの事例が教えてくれるのは、「ピボットは悪いことではない」ということです。むしろ、ベンチャー企業は小さなピボットを繰り返しながら成長していくものだと、創業者自身が語っています。

大切なのは、ピボットの際に「なぜ転換するのか」「次に何を目指すのか」というビジョンを明確にし、チーム内で共有すること。これがなければ、人は離れていってしまいます。

### 「副産物」に目を向ける視点

Slackの事例は、「本業」だと思っていたものの傍らに、思わぬ宝物が眠っている可能性を示しています。ゲーム開発という「本業」は失敗しましたが、その過程で生まれた「副産物」が世界を変えるプロダクトになりました。

事業を振り返るとき、「何を失ったか」だけでなく「何を得たか」「何が残っているか」にも目を向けてみてください。

### 次の挑戦への橋渡し

撤退や転換は、終わりではなく始まりです。delyは口座残高20万円から復活しました。Slackは1週間で方向転換を決めました。

重要なのは、「終わり方」を丁寧に設計すること。ステークホルダーへの説明、チームメンバーへのケア、顧客への対応——これらを誠実に行うことで、次の挑戦への道が開けます。

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おわりに

事業の撤退やピボットは、決して「敗北」ではありません。むしろ、限られたリソースをより可能性のある方向に振り向けるための、勇気ある戦略的判断です。

「やめる」という決断には、「続ける」以上のエネルギーが必要なこともあります。しかし、その決断が次の成功への第一歩になることを、今回紹介した事例は教えてくれています。

皆さんの会社やプロジェクトでも、もし「このまま続けていいのだろうか」という迷いがあるなら、それは立ち止まって考える良いタイミングかもしれません。過去への執着を手放し、未来の可能性に目を向けてみてください。

撤退は終わりではなく、新しい物語の始まりなのですから。

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参考情報

- dely株式会社のピボット事例 - Slack(旧Glitch)の事業転換 - 2025-2026年の日本企業の事業再編動向

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