Vol.029事業撤退

撤退は終わりではなく資産:dely・ミクシィ・メルカリ・三菱ケミカルに学ぶ事業転換の教訓

サンクコストの罠を乗り越えた4つの事例をもとに、市場環境の変化、リソース配分、意思決定スピードという共通パターンを整理し、「やめる経験」を次の成長に変える視点を解説します。

2026年5月13日
5 min read
#事業転換#事業撤退#ピボット
撤退は終わりではなく資産:dely・ミクシィ・メルカリ・三菱ケミカルに学ぶ事業転換の教訓

事業撤退やピボットを「終わり」ではなく「賢い資産」と捉える企業が増えています。dely、ミクシィ、メルカリ、三菱ケミカルの事例から、サンクコスト効果に囚われず、事業転換を成功させるための教訓と、次なる成長への戦略を学びたい経営者や新規事業担当者必読です。

はじめに

新規事業の世界では、「始める」ことよりも「やめる」ことの方が難しいと言われます。心理学でいう「サンクコスト効果」——「ここまで投資したんだから」という感情が、冷静な判断を曇らせてしまうからです。しかし、近年の企業動向を見ていると、撤退やピボット(事業の方向転換)を「恥ずかしいこと」としてではなく、「次への賢いステップ」として前向きに活用している企業が増えてきました。

今回は直近の事例をもとに、事業転換・撤退という選択が持つ意味と、そこから学べる教訓を一緒に考えてみたいと思います。


直近の事例を振り返る

① dely社:オンデマンドデリバリーからレシピ動画へ

dely社は、創業当初「オンデマンドデリバリーサービス」を展開していましたが、市場の反応が芳しくないと判断すると、わずか1年も経たないうちに事業を丸ごとピボット。レシピ動画メディア「kurashiru(クラシル)」へと軸足を移しました。結果、急速に成長し、最終的にはヤフーグループ入りを果たすほどの事業価値を生み出したのです。

「諦めた」のではなく、「ユーザーの本当のニーズに向き直った」——そう表現するのがふさわしい転換でした。

② ミクシィ:SNSの衰退を「モンスト」で乗り越えた

かつて日本のSNSを席巻したミクシィは、FacebookやTwitterの台頭により、主力サービスの利用者が急減しました。この局面で同社が選んだのは、スマートフォンゲーム「モンスターストライク」への事業転換です。ユーザーが「ともに遊ぶ楽しさ」を求めていることを見抜き、既存のSNSで培ったコミュニティ設計のノウハウをゲームに転用したこの判断は、後に大ヒットへと結実しました。

③ メルカリ:ライブコマース事業への「見切り」

メルカリは2017年ごろ、ライブ配信しながら商品を販売する「メルカリチャンネル」を立ち上げました。しかし約2年後の2019年、「グループ全体での経営資源の再配置」を理由にサービスを終了。当時メルカリは米国事業の拡大とモバイル決済サービス「メルペイ」に大きなリソースを注ぎ込んでいる最中であり、「今、本当に注力すべきことはどこか」という問いへの答えが、この撤退でした。

④ 製造業における事業整理:三菱ケミカルの決断

2025年には、三菱ケミカルグループがトナー用ポリエステルレジン事業からの撤退を発表しました。ペーパーレス化の加速とコロナ禍以降の働き方変容により印刷需要が縮小し、さらに原料価格の高騰も重なったことが背景にあります。「続けることで生じるコスト」と「やめることで得られるリソース」を冷静に比較した末の判断でした。


なぜ、撤退・転換に至ったのか

これらの事例を並べてみると、共通するパターンが浮かび上がります。

まず、市場環境の変化です。競合の台頭、消費者行動のシフト、技術トレンドの転換——これらは企業の内部努力だけでは抗えない外的な力です。dely社が直面したデリバリー市場の飽和も、ミクシィが経験したSNS競争の激化も、事業の前提そのものが変わってしまった例と言えます。

次に、内部リソースの優先順位です。メルカリや三菱ケミカルの事例が示すように、「限られた人・資金・時間をどこに集中させるか」という問いは、撤退判断の本質的な問いでもあります。事業が悪いわけではなく、今この瞬間に最も注力すべき場所がほかにある——そうした合理的な判断が撤退を導くこともあります。

そして、意思決定のスピード。dely社の場合、創業から1年以内という早さでの転換が結果的に功を奏しました。傷が浅いうちに方向転換できたことが、その後の成長につながったとも言えます。


早期に気づけたシグナルはあったのか

振り返ってみると、多くの場合、「兆候」は早い段階から存在していました。

  • ユーザーの獲得コスト(CAC)が改善されないまま高止まりしている
  • コアユーザーの継続率(リテンション)が低く、口コミが広がらない
  • 競合他社が次々と参入し、差別化ポイントが曖昧になってきた
  • チームの熱量が下がり、採用でも苦戦するようになった

これらのシグナルが重なり始めたとき、「もう少し待てば好転するはずだ」という思い込みが判断を遅らせてしまいます。定性的な「感覚」だけでなく、定量的な指標を事前に撤退基準として設定しておくことが、サンクコストの罠を避けるための有効な方法のひとつです。


「撤退」を恥ではなく、戦略的判断として捉えるために

欧米のスタートアップ文化では、「Fail fast, learn fast(早く失敗して、早く学べ)」という言葉が当たり前のように使われます。一方、日本企業の文化には、失敗を責める空気や、「始めたからには続けなければ」という規範意識が根強く残ることがあります。

しかし、不確実性の高い事業開発の世界では、撤退そのものが「学習のアウトプット」です。何が通用しなかったのか、市場はどういう反応を示したのか、そのデータと経験値は、次の挑戦において必ず生きてきます。

ミクシィがSNSで培ったコミュニティ設計の知見は、モンスターストライクの「リアルタイム協力プレイ」という設計思想に流れ込んでいます。dely社がデリバリービジネスで見聞きした「食」へのニーズの高さは、クラシルのコンセプトに活かされました。撤退は終わりではなく、次のピボットのための「踏み台」なのです。


今後の企業への示唆

2025年以降、日本のスタートアップ市場では「選別」が加速しています。コロナ禍の投資ブームが落ち着き、VC(ベンチャーキャピタル)も「本当に事業価値のある会社」へと資金を絞り込む傾向が顕著です。この環境では、撤退や事業売却(M&A)を選択肢として最初から組み込んでおくことが、経営者にとっての現実的なリスク管理になっています。

最後に、事業転換・撤退を迷っているすべての方へ伝えたいことがあります。

「やめる」という選択には、大きな勇気が必要です。でもそれは、「あきらめ」ではありません。現実をしっかり見つめ、次の可能性に向けてリソースを解放するという、誠実で前向きな決断なのです。

「撤退した経験を持つ起業家の成功率が高い」という研究結果もあります。失敗の経験は、市場の解像度を高め、次の判断をより確かなものにしてくれます。

事業のゴールは「続けること」ではなく、「価値を生み出し続けること」。そのためには、時として手放すことが最も大切な戦略になる——そんなことを、今回の事例たちは教えてくれているように思います。


*参考情報:dely株式会社事例、株式会社ミクシィ事例、メルカリ「メルカリチャンネル」サービス終了、三菱ケミカルグループ 2025年事業撤退発表*

FAQ
Q. 事業撤退やピボットはなぜ「終わり」ではなく「賢い資産」と捉えられるのですか?+

心理学でいう「サンクコスト効果」に囚われず、冷静な判断で事業の方向転換や撤退を行うことで、限られた経営資源をより成長性の高い分野に再配分し、次なる成長へのステップとすることができるためです。記事中の事例のように、撤退が新たな成功のきっかけとなるケースも多く見られます。

Q. 「サンクコスト効果」とは具体的にどのようなものですか?+

「サンクコスト効果」とは、これまでに投じた時間、費用、労力などの回収不能なコスト(サンクコスト)が大きくなるほど、「ここまで投資したのだから」という感情が働き、合理的な判断を妨げ、撤退や中止の決断を難しくする心理現象のことです。

Q. dely社の事例から学べる事業転換の教訓は何ですか?+

dely社は、創業当初のオンデマンドデリバリーサービスが芳しくないと判断するや否や、わずか1年足らずでレシピ動画メディア「kurashiru(クラシル)」へと事業を丸ごとピボットしました。この事例からは、市場の反応やユーザーニーズを迅速に察知し、早期に大胆な方向転換を行うことの重要性が学べます。

Q. ミクシィ社はどのようにしてSNSの衰退を乗り越えたのですか?+

ミクシィ社は、主力SNSの利用者が減少する中で、スマートフォンゲーム「モンスターストライク」へと事業転換しました。既存のSNSで培ったコミュニティ設計のノウハウをゲームに転用し、「ともに遊ぶ楽しさ」というユーザーニーズを見抜いたことが、大ヒットへと繋がり、危機を乗り越える原動力となりました。

Q. メルカリ社がライブコマース事業から撤退した理由は何ですか?+

メルカリ社は、ライブコマースサービス「メルカリチャンネル」を約2年で終了しました。これは、米国事業の拡大やモバイル決済サービス「メルペイ」へのリソース集中という「グループ全体での経営資源の再配置」を理由としており、「今、本当に注力すべきことはどこか」という問いに対する戦略的な判断による撤退でした。

Q. 新規事業において「やめる」ことの難しさはどこにありますか?+

新規事業においては、「始める」ことよりも「やめる」ことの方が難しいとされます。これは主に「サンクコスト効果」が原因であり、これまでの投資や関係者の期待、個人的な思い入れなどが、冷静な状況判断を曇らせ、事業の撤退や方向転換の決断を遅らせる傾向があるためです。

※ 投資・法務・税務の具体的な判断については、必ず専門家にご相談ください。 株式会社BELLETは、本コンテンツの利用によって生じたいかなる損害についても責任を負いません。

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