2025年5月、三菱電機が「8000億円規模の事業について、2025年度中に撤退を含めた見直しを行う」と発表しました。カーナビなどの自動車機器事業、そしてFA(ファクトリーオートメーション)システム事業の一部が対象となっています。売上規模8000億円というのは、中堅企業なら会社丸ごとに相当するほどの大きさです。そ…
はじめに
2025年5月、三菱電機が「8000億円規模の事業について、2025年度中に撤退を含めた見直しを行う」と発表しました。カーナビなどの自動車機器事業、そしてFA(ファクトリーオートメーション)システム事業の一部が対象となっています。売上規模8000億円というのは、中堅企業なら会社丸ごとに相当するほどの大きさです。それだけの事業を「やめるかもしれない」と公表した経営判断は、日本のビジネス界に静かな衝撃を与えました。
「撤退」というと、どこか敗北のイメージがつきまといます。でも本当にそうでしょうか。今回のコラムでは、三菱電機の事例を入り口にしながら、事業の「撤退」や「転換」がいかに重要な経営判断であるかを、一緒に考えてみたいと思います。
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1. 直近の事例:三菱電機の8000億円見直しとは
三菱電機は、もともと2024年度末までに自動車機器事業のカーマルチメディア部門など5000億円規模の不採算事業から撤退を決定していました。カーナビの市場はスマートフォンの普及とともに急激に縮小しており、この判断自体は多くのアナリストから「遅すぎるくらいだ」とも評されていました。
そして2025年5月、さらに8000億円規模の事業見直しを発表。FA事業では2025年3月期の営業利益率が6.4%と、前年から約5ポイント落ち込んでいました。EV(電気自動車)関連の自動車部品事業も収益性に課題を抱えており、「選択と集中」を加速させる判断に至ったのです。
注目すべきは、同社が撤退と同時に「1兆円のM&A投資枠」を設けると発表した点です。AI・デジタル領域へ積極的に投資することで、撤退によって生まれた経営資源を次の成長エンジンへと振り向けようとしている。これはまさに、「捨てることで、得る」という経営の本質を体現しています。
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2. なぜ撤退・転換に至ったのか
三菱電機の事例で見えてくるのは、大きく3つの要因です。
市場環境の劇的な変化が最も根本的な原因です。カーナビ市場はApple CarPlayやGoogle Mapsの普及によって、専用デバイスへの需要が急減しました。FAシステムも、中国経済の減速と製造業全体の投資抑制が重なり、受注が落ち込んでいます。いずれも「業界全体の構造的な変化」であり、一社の努力だけではどうにもならない潮流でした。
競合環境の激化も見逃せません。自動車電装分野では韓国・中国メーカーがコストで圧倒的な優位に立ち、FA分野ではファナックや安川電機が特定領域で強固な地位を築いています。「どこでも戦う」ことは、限られたリソースを分散させるだけです。
内部要因としては、コングロマリット的な事業構造の複雑さがあります。事業が多岐にわたりすぎると、どこに投資すべきかの判断が鈍くなります。かつて不正検査問題で揺れた三菱電機が、ガバナンス改革の一環として「本当に強い事業に絞り込む」方向へ舵を切ったのも、この見直しの背景にあります。
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3. もっと早くできたか?気づけたシグナルとは
振り返れば、シグナルは随所にありました。
カーナビ事業については、2010年代前半からスマートフォンのナビアプリが急速に普及し始めていました。「地図アプリが無料で使える時代」に、専用デバイスへの付加価値をどこに求めるかは、業界全体の課題として語られていたのです。
FA分野では、中国の製造業投資がピークアウトしたサインは2022〜2023年頃から出ていました。在庫調整の長期化、新規設備投資の抑制。これらは事後的に見ると明らかなシグナルでしたが、「いずれ回復する」という楽観的な見通しが判断を遅らせたとも言えます。
早期に気づくために必要だったことは何でしょうか。一つは「事業の存在意義を問い直す定期的な機会」です。「このまま続けていいか」ではなく「なぜこの事業を続けるのか」を問う習慣があれば、構造変化への対応はもっと早められたかもしれません。
もう一つは、感情的なしがらみからの解放です。長年育ててきた事業には、担当者や経営者の思い入れがどうしても宿ります。そのこと自体は悪いことではありませんが、「やめる判断」を鈍らせる要因にもなります。客観的な指標(利益率、市場シェアの推移、競合との差異)を定期的にレビューする仕組みが、感情バイアスへの対抗策になります。
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4. 「撤退」を戦略的選択として捉える視点
日本企業はかつて、「撤退=失敗」という文化的な呪縛を持っていたと言われます。事業を始めたからには続けなければならない、やめることは恥だ——そんな暗黙のプレッシャーが、不採算事業を延々と続ける温床になってきました。
でも、世界を見渡せば、撤退は日常的な経営判断のひとつです。アマゾンは火を噴くようなスマートフォン事業(Fire Phone)をわずか1年で終了させ、その教訓をエコーやアレクサの開発に活かしました。Googleも数えきれないほどのサービスを「卒業」させながら、検索・クラウド・AIという軸を強化してきました。
三菱電機の今回の決断も、同じ文脈で読むことができます。「やめることを決めた」のではなく「次に向かうために、今のものを手放した」のです。
そして、撤退から学べることは、次の挑戦においてこそ輝きます。「どういう市場環境の変化に乗り遅れたのか」「意思決定のどのプロセスに問題があったか」「顧客のニーズとずれていたのはどこか」——これらの問いへの答えは、次の事業開発における貴重な地図になります。
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おわりに:撤退は終わりではなく、始まり
事業の転換や撤退は、決して経営の「敗北宣言」ではありません。むしろ、現実を直視し、資源を未来に向けて再配置するための、勇気ある前向きな決断です。
三菱電機が8000億円の事業を見直しながら1兆円のM&A投資枠を設けたように、手放すことと掴みにいくことは、コインの表裏です。何かを捨てなければ、何かを拾う手は開かれない。
新規事業に取り組む企業、あるいはこれから事業をゼロから立ち上げようとする方々にとって、「いつやめるか」「どう転換するか」を最初から考えておくことは、決してネガティブな発想ではありません。むしろそれは、長く走り続けるための知恵であり、次の挑戦への礎です。
撤退は終わりではなく、新たな始まりへの扉を開く鍵なのかもしれません。
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参考:三菱電機「IR Day 2025」資料、日本経済新聞(2025年5月)、Business Insider Japan(2025年5月)
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