Vol.163事業撤退

三菱ケミカル・Slackに学ぶ選択と集中|事業をやめる判断の実務

2026年9月8日
5 min read
#事業撤退#選択と集中#選択と集中(三菱ケミカル

運営:株式会社BELLET · 更新日:

EXIT
Letters by BELLET

選択と集中(三菱ケミカル・Slackに学ぶ)をめぐる事業の見直しを題材に、「やめる」という勇気 ―― 事業転換と撤退から学ぶこと 新しい事業を始めるとき、人はわくわくします。けれ。撤退・売却の背景と経営資源の再配分を整理し、変化の兆しを捉えて次の成長へつなげる視点を考えます。

「やめる」という勇気 ―― 事業転換と撤退から学ぶこと

新しい事業を始めるとき、人はわくわくします。けれども、始めた事業をたたんだり、方向を大きく変えたりする決断は、なぜかずっと語られにくいものです。華々しい立ち上げの話はよく耳にしても、「どうやってやめたか」「どうやって作り変えたか」を丁寧に語る場は、それほど多くありません。
でも実際のところ、ビジネスの世界では「やめる」「変える」という決断こそが、その後の成長を大きく左右します。今回は、最近の「撤退」「ピボット(方向転換)」「事業譲渡」「事業承継」の動きを手がかりに、「やめること」「変えること」の意味を、いっしょにやさしく考えてみたいと思います。失敗を責めるためではなく、そこからどんな学びを受け取れるかを、ゆっくり見ていきましょう。

1. いま、何が起きているのか

ここ一、二年で、日本の企業が事業を「選んで集中する」動きがぐっと加速しています。日本経済新聞によると、2024年度に日本企業が関わったM&A(合併・買収)は前年度比11%増の4704件と、過去最多を記録しました。買収だけでなく、上場企業が子会社や既存事業を切り離して売る「カーブアウト型」の取引が増えているのが特徴です。
象徴的だったのが、2025年2月、三菱ケミカルグループが製薬子会社の田辺三菱製薬を、米投資ファンドのベインキャピタルに約5100億円で売却すると発表した一件です。新薬開発には巨額の費用が長く必要になります。そこで医薬の事業をいったん手放し、本業である化学関連に経営資源を集めるという判断でした。
こうした動きは、特別な事情を抱えた一社だけの話ではありません。日本取引所グループによると、2025年に上場廃止となる企業は124社と、2年連続で過去最多となる見通しです。その背景には他社による買収やMBO(経営陣による買収)もありますが、共通しているのは「いまの形のままでいるより、別の形を選んだほうが前に進める」という判断です。市場全体が、事業の組み替えに前向きになってきているのです。
一方、スタートアップの世界では「ピボット」が日常です。いまや世界中で使われるチャットツールのSlackは、もともと「Glitch」というオンラインゲームの開発会社でした。ゲーム事業はうまくいかず撤退しましたが、開発の途中で自分たちが使っていた社内連絡ツールに価値を見いだし、そちらへ大きく舵を切ったのです。写真共有のInstagramも、出発点は位置情報アプリ「Burbn」でした。たくさんの機能の中で、写真の投稿だけが突出して使われていることに気づき、思いきって写真共有に絞り込んだ結果が、いまの姿です。最初の事業を「捨てた」というより、顧客が本当に喜んでくれた部分を「見つけ直した」と言ったほうが、しっくりくるかもしれません。

2. なぜ、撤退や転換に至るのか

理由をていねいに見ていくと、たいてい三つの要素が重なっています。
ひとつは市場環境の変化です。始めた頃には有望だった市場が、技術の進歩や顧客の好みの移り変わりで様変わりしてしまう。ふたつめは競合の状況です。気づけば資金力のある相手が同じ場所に大勢いて、自社の強みが埋もれてしまう。そして三つめが内部要因、つまり「投じられるお金・人・時間には限りがある」という現実です。
スタートアップでは、半年以上MVP(試作品=最小限の機能をもった試作サービス)を市場に出しても手応えが出ない、あるいは顧客が想定外の使い方をしている、といったサインが転換の合図になります。大企業の場合は、その事業が生み出す利益と、そこに縛られている資本のコスト(お金を寝かせておくことの機会損失)を冷静に天秤にかけます。「続ければいつか報われる」という期待だけで持ち続けるのではなく、「この資源を別の場所に向けたほうが、会社全体としては前に進める」と判断するわけです。
そしてもうひとつ見落とせないのが、意思決定の「タイミング」です。早すぎれば、芽が出る前に可能性を摘んでしまうかもしれません。遅すぎれば、傷が深くなり、立て直す体力まで失ってしまう。この見極めはとても難しく、だからこそ、感覚ではなく基準に頼ることが大切になります。撤退や譲渡は、後ろ向きの敗北ではなく、限られた力をどこに注ぐかという、きわめて前向きな選択でもあるのです。

3. もっと早く気づけたのだろうか

とはいえ、振り返ると「もう少し早く動けていたら」と思える場面は少なくありません。多くの撤退には、実は早い段階でシグナルが出ています。検証フェーズがいつまでも進まない、想定した顧客が振り向いてくれない、社内で「本当にこれでいいのか」という声が小さく漏れ始める。こうした兆しを、感情ではなく事実として受け止められるかが分かれ道になります。
現場でうまく線引きをしている企業は、あらかじめルールを決めています。たとえば「ピボットは3回まで」「この時期までに成果が出なければいったん止める」といった具合に、走り出す前に撤退の基準を言葉にしておくのです。判断する人の気分や立場で結論が揺れないよう、物差しを先に用意しておく。これがあるだけで、「やめる」決断はずいぶん軽くなります。
また、いきなり全部をたたむ必要もありません。事業を別の会社に譲る、一部だけ縮小する、得意な領域に絞り直すなど、選択肢はグラデーションです。三菱ケミカルの例も、医薬を「捨てた」のではなく、その事業を最も伸ばせる相手に「託した」と見ることができます。

4. これからの道筋と、残る教訓

ここから受け取れる学びは、シンプルだけれど大切なものです。
第一に、「撤退」を恥ではなく戦略的な判断として捉えること。市場で退出が過去最多ペースになる時代に、撤退の上手さは、挑戦の上手さと同じくらい企業の実力を示します。第二に、始める前に「どうなったらやめるか」を決めておくこと。出口を描いておくことは、むしろ思いきって踏み出すための安心材料になります。そして第三に、手放した先に次の挑戦をつなげること。空いた資源は、新しい種をまくための余白です。
これは事業承継、つまり次の世代や次の担い手へ事業を引き継ぐ場面にも通じます。自分の代で抱え込んで先細りさせるより、もっと活かしてくれる相手に託すほうが、その事業も、そこで働く人たちも幸せになれることがあります。三菱ケミカルが医薬事業をベインキャピタルに譲った判断も、見方を変えれば、その事業がいちばん輝ける場所へ送り出した「バトンタッチ」でした。
うまくいかなかった事業にも、そこで得た知見や仲間、顧客の声は必ず残ります。むしろ、本気で挑んだ撤退ほど、次に活きる学びは濃くなります。それらは決して無駄にはなりません。「やめる」ことは終わりではなく、次の一歩のための、静かで確かな準備なのだと思います。もし今、何かを手放すべきか迷っている人がいたら、それはきっと、新しい何かを掴むための手を空けようとしているサインなのかもしれません。
---
参考: 日本経済新聞「日本企業のM&A件数、24年度は過去最多」、日本経済新聞「上場廃止124社で2年連続最多」、各種報道(三菱ケミカル/田辺三菱製薬のベインキャピタルへの売却)

※ 投資・法務・税務の具体的な判断については、必ず専門家にご相談ください。 株式会社BELLETは、本コンテンツの利用によって生じたいかなる損害についても責任を負いません。

この記事についてLINEで相談するご相談内容はLINE公式アカウントで承ります。

この記事が役に立ったらシェアしてください

Contact

EXIT戦略について相談する

M&A・事業売却・事業承継に関するご相談・ご質問はお気軽にどうぞ。

フォームが表示されない場合は、LINEの相談窓口をご利用ください。

Newsletter

メール登録の受付を一時停止しています

メールの新規登録は一時停止しています。
公開中のレターは引き続きサイトでお読みいただけます。
ご相談・お問い合わせはLINEからご連絡ください。

LINEで問い合わせる
LINEで相談する