Vol.164事業撤退

EV半導体撤退・事業転換|成長市場でも見切るべき経営判断

2026年9月8日
5 min read
#事業撤退#選択と集中#EV半導体撤退

運営:株式会社BELLET · 更新日:

EXIT
Letters by BELLET

EV半導体撤退・事業転換をめぐる事業の見直しを題材に、「やめる」という選択肢が、次の挑戦を生む——EV半導体撤退から考える事業転換のかたち 新しい事業を始める。撤退・売却の背景と経営資源の再配分を整理し、変化の兆しを捉えて次の成長へつなげる視点を考えます。

「やめる」という選択肢が、次の挑戦を生む——EV半導体撤退から考える事業転換のかたち

新しい事業を始めるとき、私たちはつい「どう育てるか」「どう伸ばすか」ばかりを考えてしまいます。けれど実際の経営の現場では、それと同じくらい——いえ、もしかするとそれ以上に——「どこで手を引くか」「どう方向を変えるか」という判断が重みを持っています。新規事業の世界では、始めることよりも、引き返したり方向を変えたりするほうが、ずっと勇気のいる決断だったりします。今日は、ここ最近に起きた事業の撤退やピボット(方向転換)の事例を手がかりに、「やめること」「変えること」の意味を、いっしょにゆっくり考えてみたいと思います。

最近、何が起きていたのか

2025年は、これまで「成長の本命」と見られていた領域から、大手企業が次々と一歩引いた一年でした。
象徴的だったのが、EV(電気自動車)関連の半導体です。ルネサスエレクトロニクスは、新素材を使ったEV向け次世代パワー半導体の量産を断念しました。当初は高崎工場での生産開始を予定していましたが、EV販売の伸びが世界的に鈍化し、中国メーカーとの価格競争のなかで採算をとるのが難しいと判断したのです。住友電気工業も同じ時期に、EV向け半導体材料の量産計画を取りやめ、約300億円規模の新工場・新ライン計画を白紙に戻しました。ほんの数年前まで「次の柱」と期待されていた領域だっただけに、その判断の重さがうかがえます。
事業全体を見直す動きもありました。三菱電機は、売上高にして合計8000億円分の事業について、継続するか撤退するかを2025年度中に判断すると発表しています。主に自動車機器やFA(ファクトリーオートメーション)システムなど、成長性や収益性に課題のある領域を見極めるという内容でした。さらに、セブン&アイ・ホールディングスは、スーパーのイトーヨーカ堂などをまとめた非中核事業を、約8100億円で投資ファンドに売却することを決めました。いずれも「稼ぎ頭ではない領域を、思い切って手放す」という選択です。ニュースの見出しだけ見ると寂しさも漂いますが、その裏側には冷静な戦略の意図があります。

なぜ、撤退や転換に至ったのか

これらの判断に共通しているのは、「市場の前提が、計画を立てた頃と変わってしまった」という点です。
EV半導体の例では、各社が投資を決めた数年前、EVは右肩上がりの成長が当然視されていました。ところが実際には需要の伸びが想定を下回り、加えて中国勢が急速に台頭して価格が崩れた。つまり、外部環境——市場の成長スピードと競合状況——が、社内の事業計画を追い越してしまったわけです。どれだけ綿密に練った計画でも、前提となる「世の中のほう」が動いてしまえば、見直しは避けられません。これは担当者の努力不足というより、構造的に起こりうることなのです。
セブン&アイや三菱電機のケースは、もう少し内部要因に近いものです。限られた経営資源を「本当に勝てる領域」に集中させるため、相対的に優先度の低い事業を整理する。これは追い詰められた末の撤退というより、「選択と集中」という攻めの判断と言えます。意思決定のタイミングを測る基準は、煎じ詰めれば「この事業に、これ以上ヒト・モノ・カネを注ぐ価値が残っているか」というシンプルな問いに行き着きます。そしてこの問いに正直に向き合えるかどうかが、経営の腕の見せどころでもあります。

どうすればよかったのか、を少しだけ

後から振り返れば、シグナルがなかったわけではありません。EVの販売台数が計画を下回り始めた時点、競合の価格が急落し始めた時点——そうした「数字のずれ」は、早期に気づけるサインでした。とはいえ、渦中にいると、こうした兆しはどうしても「一時的なものだろう」と楽観的に解釈されがちです。だからこそ、後知恵で誰かを責めるのではなく、「次は早く気づける仕組みをどう作るか」と前向きに問い直すほうが建設的です。理想を言えば、大型投資を一気に決め切るのではなく、小さく試して市場の反応を確かめながら段階的に踏み込む。いわゆる「仮説検証を挟む」進め方ができていれば、損失はもっと小さく抑えられたかもしれません。
もうひとつ大切なのは、判断のものさしを先に決めておくことです。新規事業に取り組む企業のなかには、「ピボットは3回まで」「この指標が半年連続で基準を下回ったら見直す」といったルールをあらかじめ設けているところもあります。基準が事前にあれば、いざというときに感情や社内の人間関係に引きずられず、淡々と判断を下せます。
そして、撤退か継続かの二択で悩む前に、「縮小して残す」「他社と組む」「事業ごと譲渡する」といった中間の選択肢を早めにテーブルに並べておくことも有効です。セブン&アイのように、自社で抱え込むより別の担い手に託したほうが、その事業も、そこで働く人も活かされる、というケースは少なくありません。撤退は「ゼロにすること」ではなく、「最適な持ち主に渡すこと」でもあるのです。

「やめる」を恥ではなく、戦略にするために

ここで一番お伝えしたいのは、撤退やピボットは決して失敗の烙印ではない、ということです。
世界的なビジネスチャットのSlackは、もともとオンラインゲームの開発会社でした。ゲーム事業がうまくいかず撤退する過程で、社内用に作っていたコミュニケーションツールに可能性を見出し、そちらへ大胆にピボットした結果、いまの姿があります。日本でも、ラクスルが印刷通販からB2Bのシェアリング事業へと事業の幅を広げ、SmartNewsがコンテンツ共有サービスからニュースアプリへと舵を切りました。「いったんやめた」「思い切って変えた」からこそ、次の挑戦が生まれたのです。
大企業も同じです。かつて東芝やソニーが不振だった事業を手放し、強い領域に資源を寄せることで息を吹き返したように、「捨てる」ことが「復活」の起点になることは珍しくありません。逆に、思い入れのある事業を抱え込み続けたことで身動きが取れなくなる、という構図もよく語られます。何を残し、何を手放すか——その引き算の判断こそが、次の足し算を可能にするのです。
事業を一度始めると、かけた時間やお金が惜しくて、つい引き際を逃してしまいます。心理学でいう「サンクコスト(埋没費用)」のわなですね。けれど、撤退を早く決められた分だけ、人材も資金も次の挑戦に回せます。大切なのは、撤退基準をあらかじめ決めておくこと、そして何より「やめた人」を責めない文化をつくることです。挑戦の数だけ、引き返す判断も増えるのが自然なのですから。撤退を責める空気は、結局のところ次の挑戦そのものを萎縮させてしまいます。
うまくいかなかった事業の先に、次の一歩はちゃんと続いています。「やめる」という選択を、前を向くための一手として捉え直せたとき、撤退は敗北ではなく、戦略の一部になる——そんなふうに思うのです。
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※本コラムは2025〜2026年に報じられた各社の事業撤退・売却・ピボット事例(ルネサス、住友電工、三菱電機、セブン&アイ等)を参考に作成しています。

※ 投資・法務・税務の具体的な判断については、必ず専門家にご相談ください。 株式会社BELLETは、本コンテンツの利用によって生じたいかなる損害についても責任を負いません。

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