街を歩けば、当たり前のようにそこにある自動販売機。日本は世界でも有数の「自販機大国」として知られ、ピーク時には清涼飲料の自販機だけで約247万台が全国に設置されていました。しかしいま、その風景が少しずつ変わり始めています。2025年から2026年にかけて、飲料大手各社が自販機事業からの撤退や大幅な縮小を相次いで発表しました。今回は、この業界全体に広がる「撤退の波」を通じて、事業の見直しとは何かを考えてみたいと思います。
何が起きているのか──大手各社の動き
まず、直近の動きを整理してみましょう。
自販機を事業の柱としてきたダイドーグループホールディングスは、2025年度に過去最大となる303億円の最終赤字を計上しました。同社は全国に展開する約27万台の自販機が国内飲料事業の売上高の約9割を占めていましたが、不採算の自販機約2万台を撤去する方針を打ち出しています。
サッポロホールディングス傘下のポッカサッポロフード&ビバレッジは、2026年3月に自販機事業をライフドリンクカンパニーへ売却することを発表しました。全国約4万台の自販機が移管される形で、2026年10月をめどに撤退する計画です。
さらに、コカ・コーラボトラーズジャパンは2025年12月期決算で自販機事業を中心に904億円の減損損失を計上。伊藤園も自販機事業で137億円の減損損失を計上するなど、業界全体が同じ方向を向いて動いています。
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なぜ、撤退に至ったのか
これだけ多くの企業が同時期に見直しを迫られた背景には、いくつかの構造的な変化があります。
消費者の行動変化が最も大きな要因です。物価高騰による節約志向が強まるなかで、スーパーやドラッグストアで同じ飲料をより安く買える状況が広がりました。コンビニのカウンターコーヒーも強力な競合となり、「わざわざ自販機で買う」理由が薄れていったのです。清涼飲料自販機の設置台数は、ピーク時の247万台から直近では約204万台にまで減少しています。
コスト構造の悪化も見逃せません。自販機事業は、商品の補充や代金の回収、メンテナンスに多くの人手がかかります。人件費の上昇やコーヒー豆をはじめとする原材料費の高騰が重なり、売上が伸び悩むなかで固定費だけが膨らむ構造に陥っていました。
そして、市場環境の不可逆的な変化があります。ドラッグストアやディスカウントストアの店舗数増加、キャッシュレス決済の普及による購買行動の変化など、自販機の優位性であった「いつでもどこでも手軽に買える」という価値そのものが相対的に低下していたのです。
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もっと早く気づけたシグナルはあったか
振り返ってみると、いくつかのシグナルは以前から存在していました。
自販機の設置台数がピークを打ったのは2013年〜2014年頃のことです。そこから10年以上にわたって緩やかな減少が続いていたわけですが、各社はその間も既存のビジネスモデルを大きく変えることなく事業を継続してきました。台数が減っても一台あたりの売上を上げればよい、という考え方もあったかもしれません。しかし、消費者の節約志向と競合環境の変化が同時に進行するなかで、その前提も崩れていきました。
では、別の選択肢はあったのでしょうか。たとえば、より早い段階でデジタルサイネージとの融合や、サブスクリプションモデルの導入、あるいは食品や日用品への取扱商品の拡大など、自販機というハードウェアの価値を再定義する方向性は考えられたかもしれません。実際に一部の企業はそうした取り組みを進めていますが、業界全体としては「飲料を売る箱」という枠組みからなかなか抜け出せなかったように見えます。
また、事業の撤退基準を明確に設けていたかどうかも重要なポイントです。サイバーエージェントのように定量的な撤退基準を持つ企業もありますが、既存の中核事業であるほど、撤退の判断は感情的にも組織的にも難しくなります。「これまでやってきたから」「うちの強みだから」という思いが、冷静な判断を鈍らせることは珍しくありません。
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今後の道筋と、ここから学べること
今回の自販機事業の撤退ラッシュから学べることは、決して飲料業界だけに当てはまるものではありません。
まず、「撤退」は敗北ではなく、戦略的な選択であるということです。サッポロホールディングスは自販機事業から撤退することで、主力の酒類事業に経営資源を集中させる方針を明確にしました。限られたリソースを「どこに張るか」を選び直す行為は、むしろ経営の意思そのものです。
次に、市場の構造変化には早期に向き合うことの大切さです。緩やかな変化は、日々の業務のなかでは気づきにくいものです。しかし、10年単位で振り返ったときに明らかなトレンドが見えているなら、それは「いつか対処すべき課題」ではなく「今すぐ検討すべきテーマ」かもしれません。
そして、撤退の仕方にも戦略があるということ。サッポロのように事業を売却して他社に引き継ぐ形は、従業員の雇用や取引先への影響を最小化しつつ、自社の経営資源を再配分する方法として合理的です。ダイドーのように不採算部分を段階的に縮小するアプローチも、急激な変化を避けながら事業構造を転換していく一つのやり方です。
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おわりに──次の挑戦のために
事業を始めることには華やかさがあります。でも、事業を閉じる判断、方向を変える決断にこそ、経営の本質が表れるのではないでしょうか。
今回の自販機事業の見直しは、どの企業にとっても苦渋の決断だったはずです。長年にわたって築いてきた事業を手放すことは、そこに関わってきた人たちの思いを考えれば、簡単なことではありません。しかし、その決断があるからこそ、次の挑戦に向けた余力が生まれます。
「やめる力」は「始める力」と同じくらい大切なもの。自分たちの事業を見つめ直すきっかけとして、今回の事例が少しでも参考になれば幸いです。
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